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      <title>あいまいな思い出</title>
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         <title>あいまいな青空</title>
         <description><![CDATA[「あいまいな青空 」<br/><br/>

こう雨ばかり降っていると、天気のよかった日のことを


思い出せなくなる。これが普通の天気なのだと慣れてしまう。



青空を見たのは、はて、いつだったろう


たしか５月ごろ？


７月も８月も、晴れた日はあったけれど、青空ではなかった。


あるようやく晴れた日に


「うそーおかあさん、あれは青空じゃないの？青空だよね？」


って、二男に不思議がられたことがあった。




違うあれは青空ではない。


青空が薄い灰色のベールに覆われていたではないか。


あれは青空もどきなんだ。あいまいな青空なんだ。


それでも二男は青空だと言って譲らなかった。


あれを青空だと思い込んでいるんだ。


青空に妥協してはいけないよキミ。



彼に

ほんとうの青空の日に、ほら、あれがほんとの青空だよって

教えてあげたいのに


そういう日がいまだにこないのだった。











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2003年08月30日(土) 注射友だち 

私の土曜日のささやかな楽しみである

「生活笑百科」を見た。

今回のご相談漫才は

酒井くにお、とおるのご両人だった。



「僕の注射ともだちの山田くんがね」

と、とおる氏。


「ああ、あの背のひょろーっと高い、」

と、くにお氏。


「ちがう、それはレントゲンともだちや」

と、否定するとおる氏。その力の抜き加減が絶妙。


場内に笑いが起こる


「ほな、あれか、あの目のおちくぼんで、顔色の悪い、」

と、言い直す、くにお氏。


「ちがう、それは点滴ともだちや」


と、また否定するとおる氏。


再び場内に笑いが起こる


「いつも思うけどあんた、元気なともだちおらんのかいな」


と、さりげなくつっこむ、くにお氏


そしておきまりのセリフは、<br/><br/>

「今、笑わないと、もう笑うとこないよ＾＾」



 





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         <pubDate>Tue, 26 Jun 2007 16:01:58 +0900</pubDate>
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         <title>夢音楽館　すっごいインパクト </title>
         <description><![CDATA[
「夢音楽館　すっごいインパクト 」<br/><br/>

今週の「夢音楽館」のゲストはオリジナルラブとクレージーケンバンドだった。

オリジナルラブは知っていたけれど、クレージーケンバンドは知らなかった。

すっごいインパクトだった。

「なんかこの人横山やすしに似てないか？」

と夫が言った。そういえば、コスチュームもどことなく似ているし、苗字も横山さんだったので、もしかして親戚かな、なんて思った。まさかね＾＾


「まっぴらロック」という曲は、一度聴いたら忘れられないメロディラインだった。バックダンサー？は、さまざまな衣装に身を包みツイストみたいな感じの踊りを披露していた。

巫女さんあり、セーラー服あり、ＯＬっぽい制服あり、ヘルメットかぶった作業服あり、

なんかもっといろいろあったけど、忘れた。


時間というものは?♪悲しいものですね?♪
さっき泳いでいた金魚が死にました♪

とかなんとか歌ったはった。


なぜだかそのフレーズで泣きそうになっていた私。



マイナー調で、昭和の歌謡曲調の物悲しい歌だった。<br/><br/>

オリジナルラブで思い出すのは、たしか柴田恭兵さん主演の恋愛ドラマ「大人のキス？」だったかしら。題名は、うろ覚えで、申し訳ありません。<br/><br/>









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         <pubDate>Tue, 26 Jun 2007 16:01:39 +0900</pubDate>
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         <title>すさんだ心で考えたこと </title>
         <description><![CDATA[

「すさんだ心で考えたこと 」<br/><br/>

風の中のスバル?♪砂の上の銀河?♪

久々に家族揃ってプロジェクトＸを見た。感動した。




感動したけど、ふと、思った。


あの番組に出てくる人々はたしかに苦労して苦労して一生懸命努力して、その結果、素晴らしい成功をおさめた人たちばかりだ。

だから世間から脚光を浴びて、プロジェクトＸにも出演できたのだ。


でも世の中には、どれだけ必死でがんばってがんばって苦労して苦労しても

報われない人々がいる。日の目を見ることもなく死んでいった人々がいる。



光のあるところに影があるのは、あたりまえのことだろうけれど。


いくらがんばってもさっぱりぱっとせんかった人々。運に完全にも見放されてしまった人々。命をかけて臨んだ壮大なプロジェクトが大失敗に終わり無念の涙にくれた人々。


プロジェクトＸの向こうをはって、企画されことはないのだろうか？

そんな報われない人にスポットを当てるような番組。







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         <pubDate>Tue, 26 Jun 2007 16:01:20 +0900</pubDate>
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         <title>生きてゆくうえでの矛盾と似ていること？</title>
         <description><![CDATA[「生きてゆくうえでの矛盾と似ていること？ 」<br/><br/>

昨日、大急ぎで作ったカレーは

大急ぎで作ったわりには

おいしくできた


カレーも

その日のコンデションによって


出来、不出来があるらしい



不思議だ。


同じ手順をふんで

同じように作っているつもりなのに


なぜだか

微妙に違うのは

どうしてなんだろう？



おいしくできた日は


みんなたくさん食べるので


残らない



あんまりおいしくなかった日は


たくさん残る


仕方ないので

冷凍する



そういうわけで

冷凍庫にある


いくつかの凍っているカレーは


あんましおいしくないのばかりで


結局食べない。

はっきりとこうであるとはいえないけれど、どことなく、生きていくうえでの矛盾と似ているような気がしないでもない。<br/><br/><br/><br/>
「なんだかとってもイージーゴーイング 」<br/><br/>

うちの二男


あれだけ夢中だった柔道世界チャンピオンの夢もすっかり冷めて

今度はプロ野球選手になるとはりきっている。


しかも阪神タイガースに入りたいんだって。守備はライトなんだって。



お友だちにほめられてから


すっかりその気


なんだかねえ



なんていわれたかというと

「はじめてとは思えないくらい上手い！！｝






いやはや

おめでたいというか、なんというか・・・。


もしかして、血筋なのか？


あきれながらも、また今度も応援してしまう母なのだった。




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         <pubDate>Tue, 26 Jun 2007 16:01:00 +0900</pubDate>
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         <title>不完全燃焼的思い出のひとつ</title>
         <description><![CDATA[

「不完全燃焼的思い出のひとつ」 <br/><br/>
咳がひどいのに、昨日買ってもらったばかりの左利き用のグローブで野球の練習に励む二男。昨日もお友だちのところに行って、ランニングや素振り１００回などの基礎トレーニングをこなしてきたらしい。

なんかものすごく燃えている。それは２ヶ月ほど前に彼が柔道に燃えていた頃とまるで同じ。

さらにそれは、その数ヶ月ほど前に、彼が将棋に燃えていた頃とまるで同じでもあった。あの頃日曜日には欠かさずＮＨＫのお好み対局を見ていたっけ。今はさっぱり。



そういえば私は小学校の頃、各学校対抗ソフトボール大会のために臨時で結成されたソフトボールチームの一員だった。

そのチームには、いっちょまえに一軍と二軍があって一軍と二軍にそれぞれの試合の日程もあった。

その中で私は、「一軍のショートの補欠」という、なんとも中途半端なポジションだった。

レギュラーの子の具合が悪くならない限り、私は試合には出場できないのだった。その子は具合が悪くなるなんて全然考えられないほど、めちゃめちゃ元気で活発な子だった。

ゆえに私なんて全然およびでなかった。

一軍の補欠は私のほかにも何人かいたと思うけれど、その子たちのことは、さっぱり覚えていない。

そのチームは、大会が終わったら解散になったけど、そのへんのところももうほとんど覚えていない。

覚えていることは、一度練習で、レギュラーの子の代わりにショートを守らせてもらって、はりきって、レフトがとるべきはずのフライを思いっきりバックして、とってしまったことと、

となりで練習している二軍のチームの子たちが、すごく一生懸命で楽しそうだったこと。

まあそのくらい。


その頃のことは、充実感も達成感もない「不完全燃焼のような思い出」のひとつとなっている。





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         <pubDate>Tue, 26 Jun 2007 16:00:39 +0900</pubDate>
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         <title>涙のうなぎ丼</title>
         <description><![CDATA[








「涙のうなぎ丼 」<br/><br/>

久しぶりにうなぎを食べた。

昨日、スーパーのうなぎ売り場で

２８０円のが

さらに半額になっていたので買ったのだ


うなぎは、

ほんのひときれだったけど、

涙が出るほどおいしかった。<br/><br/>

「得体の知れない喪失感　心も梅雨空 」<br/><br/>

やれやれ、なんとか今日も一日無事に終わった。

週明けは、特別に、憂鬱だ。

おまけに今朝はどんより曇っていた。

うんざりするくらい重くて暗い雲だった。


私の心の中にも、重くて暗い雲が、もうずいぶんと長い間居すわっている。


その暗くて重い雲が、時々、心の中にも、雨を降らす。


心には、傘がないので

ただ、ただ、降られっぱなし。

それは、ずいぶんと冷たい雨だ。


その重くて暗い雲の正体は、

ずばり「喪失感」のようなもの。





また何かをなくしてしまった。

でもそれがいったい何だったのか、はっきりとはわからない。

わからないけど、何かをなくしてしまった、ということだけは、わかる。












<br/><br/>

☆<br/><br/>

「でも、人を傷つけるのが怖くて本心を隠すのは優しさなんかじゃないのよ」

今日観ていたドラマで心に響いたセリフ。<br/><br/>




☆７月も半ばだというのに、信じられないくらい寒い。<br/><br/>



早く梅雨が明けてほしい。







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         <pubDate>Tue, 26 Jun 2007 16:00:12 +0900</pubDate>
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         <title>もっと光を！！</title>
         <description><![CDATA[


「もっと光を！！」<br/><br/> 

もっと光を！！それは、たしかゲーテが最後につぶやいた言葉だったのではないかしら？うろ覚えなので定かではないけれど。<br/><br/>

もっと光を！！<br/><br/>

実に、よい言葉だと思う。


それにしても、ありがたい３連休。

しかし、めっちゃうっとしー天気。

さっぱり晴れない。こんなに晴れないと、ほんとうになんか調子悪い。

お日様の力は偉大だ。天気がよいだけで元気が出る。


サンサンと降り注ぐ陽の光を見たのは、いつだったろう？


部屋に掃除機をかけていたら、ソファーの下から１円玉が出て来た。

「おーいお金見つけたで、デジタル貯金箱に入れとき?」

と二男を呼んた。

喜んで飛んできたけど１円を見ると

「なんだあ１円か」

とがっかりしたように言うので


「１円をあなどったらあかんで

１円だって夢も見るなら♪恋もするんやで」

と「１円玉の旅ガラス」の歌詞を思い出して、言ってみた。


言いながら、思った。<br/><br/>

そんなことはありえない。あまりにもシュールな歌詞過ぎる。と。
 



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         <pubDate>Tue, 26 Jun 2007 15:59:54 +0900</pubDate>
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         <title>若さを保つ秘訣？</title>
         <description><![CDATA[「若さを保つ秘訣？ 」<br/><br/>

私の母は仕事をしていた。職場は自転車で５分ほどのところで近かった。

朝は時計代わりにＮＨＫのテレビ小説を見ながら化粧をしてドラマが終わると、洗い物、洗濯、そうじをさささっとすませ出勤する。

昼には、家に戻って、またＮＨＫのテレビ小説の再放送を１２時５５分まで見てから出勤する。

そういうパターンは今の私とちょっと似ている。もっとも私は洗濯もそうじもできずにあせって仕事に行くということがよくあるけど。母は一度もなかった。


そしてだいたい買い物してから午後５時過ぎに帰ってきた。

朝は、私たちのお弁当を作ってくれた。

晩ご飯も決して手抜きせずにキチンと栄養のバランスも考えて作ってくれた。

部屋はいつも整理整頓がなされていて、散らかっているということがほとんんどなかった。

今ごろ母の苦労や大変さが身にしみるようにわかる。本当に本当にありがたかった。


それに比べて私は・・・と、自己嫌悪。



化粧水はいつも明色レモンアストリンゼンを使っていた。
乳液はいろいろだった

「基礎化粧品なんて安もんでええねん。
おかあちゃんは化粧品会社につとめてたからようわかるねん」

とかなんとかよく言っていた。

でも去年里帰りした時はコーセーの「雪肌精」を使っていた。


「あんたとこのお母さんいっこも変わりはらへんねえ
驚異やわ?なんでやのん？」

と里帰りするたびに実家に遊びにきてくれる友人に驚かれる。


たしかになんかあんまし老けない母だった。

だけど若さを保つために特別なことはなんもしていない。


もしかしていらんことなんもせん方がかえってええのかもしれん。

と母を見ていて思う。

 






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         <pubDate>Tue, 26 Jun 2007 15:59:35 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>かなしみにくれる二男</title>
         <description><![CDATA[「かなしみにくれる二男」 <br/><br/>

やれやれ。夏休みが始まってしまった。

今日のお昼は、チキンラーメンだった。

チキンラーメンの上に卵ポケットというのができたらしく、子どもたち二人は、それを試したくてしょうがなかったようだ。

卵を割ってそのポケットに乗せることが楽しくてしかたないようだった。

乗った、乗った、うまく乗った。すごいすごい。

と大喜びだった。


あんな他愛もないことであんなに喜べるなんてしあわせだなあと思った。


しかしその平和は長くは続かなかった。


二男が突然泣き出したのである。


「お兄ちゃんがぼくの卵こわした?」

と言って泣くのだ。

「ちがうよ?わざとじゃないよ?」

と兄が言いわけをした。

「ちがう、わざとだ。お兄ちゃん、ぼくの卵のちょうど上に
わざとお湯をかけたんだ。それでこわれたんだ?」

「ほんまかお兄ちゃん？」

と私が尋ねた時

兄が不覚にも一瞬ニヤッと笑ってしまったのを私は見逃さなかった。

で、確信した。やっぱりわざとだ。まったく。


卵がこわれたので、ぐちゃぐちゃになって、イメージ通りの出来上がりにならかったことが悲しくて悔しくてしょうがなかったようだ。


この世の終わりみたいに泣くのだった。


それでも


あんな他愛もないことで、あんなに悲しがれるなんてしあわせだなあと思った。




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         <pubDate>Tue, 26 Jun 2007 15:59:08 +0900</pubDate>
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         <title>女の人のその後</title>
         <description><![CDATA[「女の人のその後」

私たち姉弟はしばらくその焚き火遊びに夢中だった。

「これ燃やしてもいい？」

一応私は、その女の人に、燃やしてもいいかどうかお伺いを立ててから、そのへんにあるガラクタを燃やさせてもらった。

「いいよ」

「これも燃やしてもいい？」


「いいよ何でも燃やしてもいいよ」


そんなやりとりをしながら、ありとあらゆるものを燃やさせてもらったような気がする。<br/><br/>


でも、そのうちその女の人はいなくなってしまい焚き火もできなくなった。


のちに母から聞いて知ったのだが


なんでもその人は、親戚の人に連れていかれ、強制的に入院させられてしまったらしい。


「あれ以上ほっといたら家の中のもんみんな燃やしてしもて燃やすものなくなったら家まで燃やしかねんかったらしいで。あーこわーこわい話しやな?」

母がそう言って身震いしていたことを覚えている。


事情をまだよく飲みこめなかった当時の私は

「そうか。あの女の人なんでも燃やしてしまう病気やったんや
それで病院に連れて行かれてしまはったんや」



ずいぶんと長い間そんなふうに思っていた。











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         <pubDate>Tue, 26 Jun 2007 15:58:35 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>煙の行方</title>
         <description><![CDATA[「煙の行方」<br/><br/>

私が小学一年のニ学期から小学三年の一学期まで住んでいた家のまん前には、川があった。

その川を隔てたむこうに古びた平屋建ての家があり、その家の前でいつも
女の人が焚き火をしていた。


その人は、いつもいつも、なにかを燃やしていた。

私たち姉弟は、その光景をしばらくの間、川を隔てたこっちがわで見ていた。


そのうちに私たちもすぐ家の前にある橋を渡って、その焚き火の前にいき
その女の人の手伝いをしていっしょにいろんなものを燃やすようになっていた。

私たち姉弟は、すっかり炎の魔力にとりつかれてしまったようだった。


その時その女の人に教えてもらったことがある。

「煙はきれいな人のところに行く」

ということだ。

「いややわあ。この煙私のとこにばっかり来るわ」

とかなんとか言いながら私が煙たがっていた時のことだ。


「覚えときや。煙はな。きれいな人のところに行くんや」

その女の人は、そう私に言ったのだ。

本当かどうかはわからないけれど、たぶん、そんなことはでたらめに決まっているのだろうけれど、幼い私にその言葉は（子どもなりに
自尊心をくすぐられたのだろうか？）うれしく、かつ、とても魅力的に響いた。

だからよく覚えている。

「煙はきれいな人のところに行く」<br/><br/>

つづく



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         <pubDate>Tue, 26 Jun 2007 15:56:56 +0900</pubDate>
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